最期の日にキャンディがくれた奇跡
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この記事は亡くなる時の話なりますので、辛い方は読み飛ばしてください。 この日のことを細かいことまで忘れたくないので、あえて、ブログの記事に残しておきたい、私のわがままにもう少しだけおつきあいください。<(_ _)> 2014年12月28日 16時頃。 一定のリズムだった鼓動が「トントントン(間、休み)トントントン(間、休み)」とリズムがおかしくなり始めました。そして、「トントン」のリズム自体も少しずつ遅くなり始めました。 「このまま逝ってしまうかもしれない。」 そう感じた私は、主人に電話をしました。すると主人は私に、このまま、実家に泊まるように伝えました。 「もし、このまま逝ってしまったら、生きているキャンディに会えなくなるかも。 それでもいいの?」 主人は 「今の状態のキャンディを動かすわけにはいかないし、もしものことがあったとしても 今日までに、十分お別れはできた。」 そう言ってくれました。 主人のおかげで私はほんの少しの後悔を残すことなく、キャンディと最期まで過ごすことができ、空へ行く時まで、離れることなく過ごすことができました。本当に主人には感謝の言葉しかありません。 火葬する前日までは気丈にふるまっていた主人ですが、火葬した日の夕食の時 「寂しい。やっぱり、キャンディがいないと寂しい。」と声をあげて大泣きしました。 懸命に我慢していたんでしょう。この日の夕食は二人で大粒の涙を流しました。 ・・・すみません。話がそれましたね。 主人に電話した後、しばらくして、キャンディの鼓動のリズムは中休みが入ったままで、一定のリズムに戻ることはなく、心拍数も少し落ちてきました。ただ、呼吸は前回のように極端に浅くなることはなく、呼吸は楽そうでした。 17時。キャンディの胸に当てていた手に心拍を感じにくくなってきました。 「お母さん!お母さん!キャンディが逝ってしまうかも!」大きな声で母を呼びました。 母が「キャンディ~、みんなここにいるよ~わかる~」何度も声をかけました。 「意識のない人に名前を呼んであげると、その人に聞こえる。 だから、ちゃんと名前を呼んであげないと・・・」と母。 偶然でしょうが、名前を繰り返し呼び、体をトントンとしてあげていると、少し心音が強くなりました。 昏睡状態で水や食べ物を与えることはご法度ということはわかっていましたが、このまま逝ってしまうなら、飲み込めず口の中に含ませるだけになっても、母の作ったご飯を口に含ませよう。この時、思いました。 スープだけを皿にすくってもらい、シリンジでほんの少しだけ口に入れました。 昏睡していますから、飲み込むことはなく口からこぼれるだけだろうけど、それでもいいと思いながら。 すると、キャンディの口が動いたのです。奇跡だと思いました。 前回のように舌を動かしながら、覚醒したわけではありませんが、確かに口が動いて、しかも「ごくん」と飲み込んでくれたのです。もう信じられなくて 「お母さん!キャンディが飲んだ!」と大きな声で母を呼びました。 母も一緒に見守る前で、母の作ったスープを確かに飲んでました。 「本当だ、確かに飲んでる!」 口に含ませるだけと、小皿に入れていたので、おかわりもしました。 匂いの強い焼き魚や馬肉団子より母のご飯に反応してくれたこと、本当にうれしかったです。 ![]() (スープを飲んだ後のキャンディ) 以前から、母には「キャンディはお母さんが作ったご飯が一番好きなんだよ。」と言っていたんですが 「え~、お母さんが作るご飯なんかより、よそ(ドッグカフェの犬ご飯や馬肉団子とか)のご飯の方が絶対おいしいって。いっつも同じようなご飯だから、飽きてるって。」と言って、なかなか信じてくれませんでした。 でも、今回のことで、母にもキャンディの気持ちが伝わりました。 「お母さん、うれしい。あんたが言ってたことは本当だったんだね。」 半笑いして、涙を流しながら、喜びました。 私が言った「母のご飯を食べさせてあげれなかったことを後悔している」というのが聞こえていたの? 最期にお母さんに 「いつもご飯ありがとう。ば~ばが作ってくれたご飯が一番好きだったんだよ。」 って伝えたかったのかな。 スープを飲むことを見た母は「これで大丈夫だよね?キャンディ」とうれしそうにしていましたが、私はその問いかけに答えることができませんでした。 確かに奇跡的に飲んではくれましたが、鼓動のリズムは中休みが入ったまま。 心拍も弱いままなのを、この手で感じていましたから。 スープを飲ませる時、ベッドごと抱っこをして飲ませたので、そのまま抱っこしたままでいました。スープを飲んで10分くらい経った後だったでしょうか? 両足と首をピーンと反らせた後、それまで穏やかだったキャンディの呼吸が荒くなり始めました。 「キャンディ!キャンディ!」と母。 「キャンさん!キャンさん、わかる?? 大丈夫、安心していいよ。みんな、キャンディのそばにおるよ。 何にも怖くない。大丈夫。」と私。 そして、もう一度、体全体で伸び(痙攣とかではなく、普通にのび~とした感じに似てました。)をした後、荒くなっていたキャンディの呼吸が静かになり、今まで波打っていたキャンディのおなかの動きが止まりました。 でも、呼吸が止まった後も心臓はまだ動いていました。 「弱いけど、心臓はまだ動いてる。」 それから少しして、時計の針がカチッカチっと刻うように・・・ キャンディの鼓動は止まりました。 12月28日18時24分。 キャンディが一番大好きで、片時も離れなかったちびまる君の誕生日に、キャンディは天に召されました。 17歳10ヶ月と23日。あと1ヶ月で18歳。 母は「もうちょっとで18歳だったのに。18歳まで生きたと自慢できたのに。」と何度か言いましたが、私は18歳だろうが17歳だろうが、キャンディの17年約11ヶ月はどこのワンちゃんに負けないくらい充実した時間だったと胸を張って言えますから、数字なんて関係ありません。 ![]() 倒れる1週間前にお泊り旅行先で自分の足で歩き回る姿を見せ、 亡くなる前日まで自分でご飯を食べ、 車椅子で歩きまわり、 昏睡に入る前にチッコをすませて、自分の口で水を飲み、 昏睡状態に入りながら、母への感謝を伝えるために母のご飯を飲んでくれ、 私が嘘をついて仕事を休まなくていいように、私の休暇に合わせ、 私が納得できるように私の腕の中で静かに最期を迎えてくれた。 苦しむ様子を見せることなく、 一番好きなご飯を飲み、眠るように逝く。 こんなでき過ぎ、まるで作り話のような話です。 ![]() だから、キャンディには「あっぱれ!」と言ってあげたい。 だから、私はこうして、キャンディの最期をブログの記事に書くことができる。 キャンディが空へ行く日。 私はキャンディに「さよなら」は言いませんでした。 先代犬のちびまる君の時も「さよなら」は言いませんでした。 そのかわり「いってらっしゃい」と行って送り出し 「おかえり」と言って、お骨を抱いて帰りました。 だから、私は大丈夫。 亡くなった日、火葬する前日、火葬した日、涙はボロボロこぼれました。 涙って粒になって落ちるんだ・・・ 涙って知らないうちに溢れてくるんだ・・・ 今も涙します。 でも、キャンディと「涙を流す時は笑いながら涙を流す。」と約束したんです。 だから、涙は暗い顔ではなく、笑い顔で流します。暗い顔なんてしてたら ![]() 「これだけあたちがお膳立てしてやったのに! ママってヨロクソ!(弱虫)」 とキャンディに叱られそうですから。(笑) スポンサーサイト
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